贈公認先達~たまちゃん

「贈公認先達」のたまちゃん 

四国88ヵ所霊場会から、特別な功績の僧侶にしか与えられない「贈公認先達」を栗栖環が授与されました。
沢山の方々が、たまちゃんの笑顔に励まされ、癒され、救われています。今日も何処かの札所で、笑顔の御接待されている事でしょう。
重度障害にも拘らず、[笑顔の大師たまちゃん]の愛称で四国遍路に頑張っておられます「たまちゃん」をイメージして作らせて頂いた「くりす たまきちゃん」人形です。 
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笑顔の大師たまちゃんが「贈先達」

読売新聞に掲載された記事のコピーです。たまちゃんは、現在22回目の結願されています。
左半身不自由な徳島の女性に「贈先達」の資格
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(上の新聞文字がコピーの為、読み辛いので、下に写すしました)

重度障害を持ちながら二十回目の四国遍路に挑戦している徳島県阿波町勝命、栗栖(くりす)環(たまき)さん(23)に、四国八十八ヶ所霊場会(香川県善通寺市・総本山善通寺内)が三日、「先達」の資格を授与する。信仰、人格とも優れた人に贈られる〈遍路の案内役〉で、重度障害者は初めて。

環さんは生後間もなく脳性まひになり、左半身が不自由になるなど障害が残った。徳島県立養護学校高等部二年の時、体調が思わしくなく、不登校になった。

父の建築士・一さん(53)と母・千代さん(54)が気分転換に、一番札所霊山寺(同県鳴門市)から五番地蔵寺(同県板野町)までお参りに連れ出すと、環さんは遍路に笑顔であいさつ。生き生きした表情を見せた。

これをきっかけに、一さん運転の車で巡礼が始まり、駐車場から札所までの長い道や石段を懸命に自力で歩いている。以来六年。遍路仲間に「笑顔の大師、たまちゃん」と親しまれ、今回の二十巡目には環さんの日程に合わせて全国から二十数人が同行している。

同霊場会の公認先達は全国で約八千人いるが、環さんには特別の功績のある僧侶以外にはまれな「贈先達」を授与する。一さんは「周囲の力添えに感謝している」と話している。

大林教善・霊場会常務理事の話「障害者だけでなく、健常者にも希望を与えた実績を評価した」(12月2日)

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写真=お参りする環さん(右。左は千代さん、後ろが一さん、高知県室戸市の24番最御崎寺で)


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読売新聞徳島版のコピー6月16日

別格二十霊場会も贈先達
           「笑顔の大師たまちゃんに」

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赤い錫杖を手に巡礼する栗栖環さん(前列中央)と遍路仲間たち(石井町の童学寺で )

重度の障害を抱えながら何回も四国遍路を続けている「笑顔の大師・たまちゃん」こと阿波町勝命、栗栖環(たまき)さん(24)に十五日、四国の番外札所二十寺院で組織する「四国別格二十霊場会」(本部・香川県大野原町、萩原寺内)から、功績のあった高僧にだけ与えられる称号「贈先達(おくりせんだつ)」の資格が授与された。
昨年十二月に、四国八十八ヶ所霊場会(本部・香川県善通寺市、総本山善通寺内)から同位を贈られたことに続く〈栄誉〉で、証しの赤い錫杖(しゃくじょう)を手にした環さんは「みんなと一緒にお参りするのは楽しい」と喜んでる。

環さんは生後間もなく脳性マヒになり、左半身が不自由になるなどの障害を抱えている。
十七歳の時、体調が思わしくなく家に閉じこもりがちだった環さんを見かねた父・一さん(54)と母・千代さん(54)が、気分転換になればと、一番札所霊山寺(鳴門市)に連れ出したのが、遍路巡りのきっかけになった。
以来、週末には一さん運転のワゴン車に乗って札所を巡礼。すれ違うお遍路さんらにさわやかな笑顔を振りまくことから、遍路仲間らからは「笑顔の大師・たまちゃん」と親しまれている。

通常、先達になるには三回以上巡拝して自己申請し、札所の推薦と霊場会の認証を得て、講習を受けなければならない。環さんは巡礼回数は申し分なく、遍路への功績は健常者以上とみなされ、四国別格二十霊場会は九日の総会で同会初の「贈先達」を満場一致で承認。弘法大師の誕生日に当たる十五日に合わせて贈ることを決めた。

別格霊場会長の秋山行徳・萩原寺住職は「元気な人でも巡礼中はつらくなる時がある。そんな人々に笑顔で励みと希望を与えてくれた」と功績を評価する。

晴れて「贈先達」となった環さんはこの日も自宅を出発後、十一番札所の藤井寺(鴨島町)で遍路仲間四人と合流し、別格二番札所の童学寺(石井町)などを巡った。
仲間の一人、岡山県倉敷市、無職三宅進さん(72)は「私も病気で左半身が不自由のまま遍路を巡っている。たまちゃんの笑顔を見ていると元気がわいてきます」と話していた。



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[遍路道中物故者供養碑」

「建立の趣旨」  
お大師さまのご霊跡をつなぐ遍路道は千年の」歴史があるといわれています。遍路途中、あるいは遍路道上で事故に遭ったり、病気になったりして結願できずに亡くなられたお遍路さんは大変な数になるでしょう。

かつては不治の病のおかされて四国へ遍路となって渡り、遍路道のほとりで亡くなった人も多かったと聞きます。それにしても八十八番を目前にして亡くなられた方や道で行く倒れた方々はどんなに残念であったろうか、と思います。
結願寺の大窪寺まであとすこしという所で、お遍路の皆様にちょっと立ち止まってそんな亡き方々に合掌していただく場、ここまで来る事が出来たことを感謝する場があればと考えて、建立を思い立った次第です。
          世話人 佐藤孝子先生の文を引用させて頂きました。
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佐藤孝子先生のお世話で、お大師様の生まれ故郷の自然石の庵治石(あじいし)で、[遍路道中物故者供養碑」を建立される、お知らせを頂けました。
碑の中に納めて頂ける写経を、私もご縁頂いて納めさせて頂けました事、深く感謝致して居ります。本当にありがたい事で感謝です。
平成3月21日の開眼法要されました。後々までたまちゃんご家族や孝子先生がお世話して下さいます。
たまちゃんが手植えの桜も植わって居るそうです。満開のたまちゃん桜の咲く時期に、私もお参り出来る事願っています。

(注 庵治石 あじいし)
庵治石は、石のダイヤモンドと言われ、彫り込んだ文字や仏像は数百年以上、摩滅しないそうです。長く遍路さんの憩いの場に成って、遍路道中物故者の供養に成ればと、遠い所からですが願っています。
                                         合掌


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     たまちゃんからの頂き物

たまちゃんが、25回結願のお祝いに作られた、銀のお札を頂ました。大感激です。
大切に、していきます。50回の金のお札目指して、頑張ってください。
銀のお札の裏に、相田みつをさんの詩がたまちゃん其の物だと思います。
たまちゃんの、「わがんせ」元気で何時までも
続けて下さいね。
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by 7777k1 | 2008-07-06 00:06 | ☆贈公認先達のたまちゃん  

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